Destroying the Monkey Demon
害獣を駆除することに特化した特殊部隊、ヤークトフント大隊。
中でも直接駆除に関わる「アノニマス中隊」では新入りに対する講義が行われていた。
「……ルハイト、ヴァールハイト!ヴァールハイト!!!!起きろ!!!!!!授業中だぞ!!!!!」
怒鳴りつけながら、鬼教官は目の前の机で居眠りをしている少女兵にチョークを投げつける。
「…………」
少女兵は無言で目を開き、鬼教官_ゼーレリヒト・P・フェルクライゲントの方を見やる。
「返事ぐらいしろ」
「はい、ゼーレリヒト」
「ゼーレリヒト教官、だ!二度と間違えるな」
「はーい」
間の抜けた返事を返し、黒板に向き直る少女兵。
彼女の目が覚めていることを確認し、ゼーレリヒトは話を進めることとした。
「…………さて、我々の部隊名"ヤークトフント"の意味が"狩猟用の犬"である理由を知っている者は少ないだろう。
犬系獣人だけで構成されているわけでもない我々が何故"猟犬"なのか、手をあげて自分の考えを述べよ」
「…………お前たちは自分の意見を私に述べることすら恐れるのか?」
「まあいい。今から話すことを胸に刻め。
我々が何を想ってアレらを狩るのかを、胸に刻め。」
***
青花の国の同盟国、白金の国シーラ・ジパング。我々の駆除対象を作り出してしまった国であり、我々の駆除対象に有用な武器を作れる唯一の国。
今でこそ「バケモノを産んだ大罪の国」とされているが、昔のあの国はあらゆるものを品種改良することに長けていたことで世界から高い評価を受けていた。
我々がタルトに使うオレンジも、昔は酸味が強く製菓用に使われることが多かったが、かの国では「種を無くす」だの「甘味を強くする」だの様々な品種改良が行われた。
だからかの国では製菓に使うよりも皮を剥いてそのまま食べる食べ方が主流だ。
食べ物すら品種改良をするぐらいだ。白金の国人は根っからの研究者気質の者が多い、という偏見も正直私は間違っていないと感じている。
あの国が品種改良したものは果実にとどまらず、馬など動物も品種改良していることは現在でもよく知られているだろう。
我々がアレらを駆除する為の薬剤を提供しているかの団体の支部、それも品種改良に特化した支部が過去あの国にあった。
あまり知られていないことだが、アレらを作ったのはあの団体の中にいた天才生物学者の花菖蒲ユリ、かなり古い系統の竜人種だ。
……話が脇道に逸れたな。閑話休題。
その支部は全ての動物の研究、保護に始まり、絶滅種の復活計画や新種の作成をも実行していた。
もちろん、我々獣人種や人獣種、サピエンスもその対象だ。
"アレ"の事件が起きる前からサピエンスや貧困層、我々の文化にそぐわない人獣種に困っている人間は多かった。
略奪、誘拐、監禁、暴力……かの国だけでなく我々の国や他国もこの問題をあの手この手で解決しようとしたが、根本解決することは不可能だったようでな。
そんな中でかの国の科学者は「犯罪者だけを殺す人狼種」を開発することとしたらしい。
そのために数多くのサピエンス、それも少女のサピエンスが使われた。
まず人権的に獣人をそのまま使うのはまずいからという理由で我々と同等の知能を持ち我々と同じ文化と倫理を持つサピエンス。
女性、それも子供なのはメスの方が長く生き、またメスだけなら生殖することはないだろう、という算段だな。
初めの方は遺伝子の不適合や手術中の事故で死ぬ個体や植物状態になる個体、廃人と化す個体が多かったが、徐々に徐々に安定した個体が生み出されていくこととなった。
初めて実用化された個体は8歳の少女とタイリクオオカミの遺伝子を合わせた個体で、獣人種の幼児の連続誘拐事件に終止符を打ったことで一躍有用性が認められた。
その後もかの国の複数の支部で多数の個体が作られ、実用化され、より効果的な遺伝子の組み合わせを支部ごとに探していくこととなった。
特に有用かつ特徴的な個体には固有名もつけていたらしい。
文献には「弥生」「白狼」……そのほかにも様々な名前が記載されているが、気になるものは終了後にコピーを渡すから自室で読むがいい。
そして次第に開発競争が激化するうち、それぞれの最高傑作を戦わせたがる研究者たちが現れた。
最高傑作を失うリスクがあるとは言え、より強くより賢い個体の特徴を探るにはぴったりだったというわけだ。
最終的に彼らはより凶暴で、より強く、より賢い個体を探るべく様々なシチュエーションで戦わせた末、最後に残った6頭を3頭ずつにわけて殺し合わせることにした。
それも、比較的長期にわたって6頭全員を共同生活させたのち、グループを分ける形で、だ。
何を隠そう。研究者たちが最後に求めたのは「友人だろうと殺せる従順さ」だったからな。
グループAは大きな強みを持つ3頭で構成されていた。
「戻狼」村上ミギリは素体が病弱だった故に運動能力は他の個体に劣ったが他の個体よりも頭が良く、指揮官の役割を担っていた。
青みがかったグレーの毛色と小柄な体格はいかにも彼女を貧弱に見せたが、彼女の表情は他のどの個体よりも自信に満ちていた。
「巨狼」引佐サカキは精神的に不安定かつ食人衝動で暴れることが多かったが、他の個体の倍以上の体格はむしろ恐怖すら覚えさせたという。
白い長毛に包まれたその身体はさぞ実際の大きさよりも大きく見えたことだろう。
「白黒」春野クロは他の個体にマウンティングを取る問題行動があったが、負けん気の強さが執着心に繋がったとされている。
全身黒い毛で覆われたその姿は黒いシェパード犬にしか見えなかったが、彼女の口の中には狼らしい鋭い牙が備わっていたそうだ。
そしてグループAと違い、グループBは突出した点は少ないものの実力が近しい3頭構成だ。
「霊犬」見付フウは内向的で大人しく、好き嫌いもするような個体だったが犯罪者の駆除成功率は常にトップだった。
褐色がかったグレーの毛色と骨太ながら痩せた体格は彼女の性格がいかに神経質かを可視化した。
「滅怪」播磨国ハヤテはフウに比べると反抗的で凶暴だったが好き嫌いせずどんなものでも駆除できるオールラウンダーだ。
血を思わせる濃い赤毛と男児にも見える筋肉質な体格は、フウと得意分野が違うことを用意に想起させる。
そして名前が記録されていない「墓守」は体格こそ「巨狼」に匹敵するサイズだったものの常に冷静で大人しかったという。臆病だったのだろう。
背中側は青さすら感じる漆黒なのに対し、腹側は純白。顔には白いアイパッチ模様があるといった、柴犬やシベリアンハスキー、もしくは水棲動物を思わせるカラーリングだったと。
この6頭の殺し合いであれば、生き残るのは「滅怪」、又は「白黒」であると研究者たちは読んでいたようだ。
だが6頭が場に離された刹那、「滅怪」が「戻狼」に襲い掛かり、壁にその身体を投げつけて一撃で殺害。突貫工事で作られた闘技場の壁に穴が開くほどの威力だったらしい。
誰もが「戻狼」だったそれを見ていた刹那、静寂に包まれた場で「巨狼」が「霊犬」を襲撃し戦闘再開、「霊犬」の悲鳴に気づいた「墓守」が間に割って入り「霊犬」はその間に「巨狼」の背後に退避。
「巨狼」が「霊犬」を襲う寸前まで「墓守」と交戦状態で彼女以外が目に入っていなかった「白黒」は「墓守」に突進したが、その隙を狙い背後から「滅怪」が首筋に噛みつきそのまま噛み砕いて処理。
そしてグループBの三頭は「巨狼」に群がり、四肢を「墓守」がおさえ首に「霊犬」、腹に「滅怪」の状態になった。そのまま「巨狼」は呼吸が止まり絶命。
グループAの3頭の死亡を確認した後、「霊犬」「滅怪」の二頭は壁の穴より脱走。
その場には防御と他個体を守ろうとすることしかしなかった「墓守」だけが残った。
空に向かって遠吠えをするその声は壊れた信頼と仲間の死を嘆くようだったという。
これが開始から3分の間に起こった出来事だ。
脱走した2頭の末路も記録されている。
「霊犬」は「巨狼」に噛まれた傷から大量に血を流しながら山の方へと逃走。
研究員たちがその血痕と発信機の信号を辿ってたどり着いたのは山の奥の苔むした寺院だったそうだ。「庭には修行僧が集まり、和尚の腕の中で涙を流しながら絶命していた」と記録されている。
……寺院は、「霊犬」が生まれ育った場所だったそうだ。和尚や修行僧はみな獣人だったが、彼らはサピエンスの「霊犬」に心から愛情をもって接していたのは想像に難くないだろう。
彼女は犯罪者を何人も食い殺していてなお、最期の時が近いのを知って「育ての親に会いたい」という感情を持ったのだ。その育ての親の種族がなんだろうと彼女は気にしていなかったのだ。
人工の人狼とはいえ、元はサピエンス。「生まれながらの獣人差別主義種族」がこんなことをするなんて信じられないだろう。
もう一頭の「滅怪」は脱走後早々に発信機を破壊し行方不明。百年以上たった今日に至っても痕跡すら発見されていない。恐らく人を襲うこともなく一生を終えたのだろう。
「滅怪」の向かっていた先の山は人鳥と人狼が共に暮らし、独自のコミュニティが今日でも存在する山だ。
最期に人として一生を終えた「霊犬」と、獣になることによって生き延びた「滅怪」。彼女たちは人にも獣にもなりきれなかったわけではないのだ。
何故「墓守」が他個体を制止はしても襲わなかったのか、それは今でもわかっていない。「墓守」は普段から今我々が駆除しているあの化け物だけを殺す任務をしていたという。
臆病だからか、同族殺しに抵抗があったか、それは定かではない。
「墓守」のその後もなにも記載されていない。「墓守」が誰であったかもわからないから実在していないという説もある。
だがこの事実からわかるのは、この件によって化け物の駆除も含めたすべての事象、「人工の人狼」に関する全てが禁じられたこと。
そして化け物の駆除のために我々「ヤークトフント大隊」とかの国の姉妹部隊「ヤマイヌ部隊」が設立されたことだけだ。
我々が猟犬である所以、それは狼は飼いならせないこと。
我々の部隊に様々な種族がいる所以、それは大きな強みを持った種族だけを寄せ集めても上手くはいかないということ。
人を種族や実力で判断するな。真の強さは互いの弱さを補う絆の強さだ。
***
昼下がり。ヤークトフント大隊所属アノニマス中隊の宿舎内。
少年兵や少女兵に軍人の所作やヤークトフントの歴史の講義を行う講堂の一番前の席。
そこで現在のアノニマス中隊の隊長は少女兵だったころと変わらず昼寝をしていた。
しばらくして、講堂に入ってきた四つの耳を持つ少女の姿をした化け物は眠っている隊長に大声で叫ぶ。
「…………アイリス!!!大丈夫か?部屋で寝るぞ!!!」
「……ああ……ゼーレリヒト教官……今起きる……」
「あ?寝ぼけてんのかおい……起きろ起きろ、私だ、ユディ、私だ」
かつての教官の授業を夢に見て、未だ朦朧とする意識のまま。
現アノニマス中隊長、アイリス・ヴァールハイトは目覚める。
アイリス・ヴァールハイトが軍に入って10年弱、そしてゼーレリヒトが駆除作戦中に殉職してから早数年。
「猟犬」と呼ばれる特殊部隊、ヤークトフント大隊は未だに多数の「駆除対象」を狩っている。
アイリスは寝ぼけ眼で自分の"お世話係"である四つの耳のある少女……ユディを見つめる。
上の耳は犬科動物のそれであり、感情によって角度を変えるそれは触ると柔らかく暖かい。
下の耳はサピエンスのそれと全く同じだ。どちらも聞こえているらしく、下の耳を触るといつもユディは怒る。
ユディの肌は白金の国人にしては白いが、髪は白金の国人らしい、青空の下でその青さを反射するほどの黒。
だが眉は純白で、どことなくシベリアン・ハスキーを思わせる。
「ユディ…………」
「なんだ」
「ユディは……何の犬なんだ……?」
「…………」
黙ったまま、ユディは髪の生えた犬の姿へと変化する。
漆黒の髪と違い、背中が黒い以外は身体は白い部分が大半だ。
「何の犬に見えるんだ?」
「…………シャチ?」
「犬じゃねえじゃねえかおい!」
Fin.
