The lingering snow on Heartbloom Hill

2025年09月05日

「花咲く山の残雪」


今日、またハヤテが人を殺めたと聞いた。


ハヤテというのは、「播磨国 颯(はりまこくの はやて)」と呼ばれる人工の人狼……J型の実験体のことだ。

J型は正式には「Jamainu型」「Japanese Wolf型」と呼ばれる、サピエンスに狼の遺伝子を後天的に組み込み、人工的に造られた人狼だ。

主に犯罪者や害獣の捕獲、駆除等に使われている。
人間の思考と論理を持つことは犯罪者の追跡に有利だというわけだ。

特に狼の姿へと変化している際は高い攻撃性を持つ為、相手が銃やナイフを持って攻撃してきても対抗できる。
そんな有用性からサピエンス、主に少女を使って作られる「人間の姿をした警察犬」それがJ型だ。


人工の人狼、J型たちは元々は人間だ。

色々な事情があるのだろうが、皆一様に狼の遺伝子を使って人体改造を施されている。

沢山の個体がいた。

沢山の個体を見た。

銀色の毛が美しい「見付フウ」という個体とは話したこともある。

フウは私の友人の、友人だったから。


そういう私自身も実験体……正確には「人造生物」であり、彼女達のことを評価できる立場ではない。

むしろ、彼女達と比べれば私たちの方が見た目だけなら化け物のそれであり、彼女たちが私達を管理するべきともいえる。

古い時代に地上を駆けた鳥や、人により飼われる動物、海を泳ぐ巨大な生き物。

それらの特徴を併せ持つ人造生物。

体毛は白からグレー、黒にほど近い色まで個体差があるものの、肌は皆白い。

そして皆、青く透き通った目をしている。


それが私とその姉や妹たち、「サイレーニア・ステラ29番型」。通称「S-29」。

記憶を皆で共有し、一であり全である私達。


それでも、私は、私だけが持つ記憶を持っている。

それがハヤテの昔の姿、昔の名、かつて私を「ユキ」と呼んだ少女。

岩代里稲(いわしろ りいな)という少女の記憶だ。


***


私はかつて、顔に布を被り小児科病棟を回り子供達と触れあう仕事をしていた。


生まれた時からそれが役割だった。

薄い灰色に、所々白いところがある髪。それが雪のようだと言われ、「雪」と名付けられた。

S-29は生まれた時から17歳相当の知能と記憶を持って生まれる。故私は生まれたその日から仕事を始めた。

特段、「私の担当する患者」というものはいなかったが、他の個体は皆担当の子がいた。


S-29は人を救うために生まれる生き物だ。

その血、肉、臓器、骨、脂肪、心まで全て、人間を救うために生まれる。食肉としても美味しい。

遺伝子の改変が容易で、ドナーとしても使える。

適合させてしまえばいいのだから。


いざとなれば、病気の子供の脳を我々の脳と入れ替えて生き延びさせることだってできる。

だから他の個体には皆担当の子供がいた。子供の親から指名される形で。

いざという時に身を捧げることができるように。


私は愛想が無いと言われ、子供達と上手く触れあうことができなかった。

記憶を共有してはいてもどうしても生じる個体差というものはあり、それが私の声や性格だった。

それ故に私はいつも病棟の飾りを作ったり、食事の配膳をしたりと雑用ばかりしていた。

そうすれば子供と触れ合って怖がられて傷つくこともなく、他の個体の様子を見て羨むこともないと思っていたからだ。


私は孤独だった。それでもいいと思っていた。

話し相手と言えば、私より少し後に生まれたS-29の中で浮いた存在だった133号……「開花」と名付けられている実験用の個体だけだった。

開花は私のことをいつも気にしていた。「自分の亡き後に誰がお前の話し相手になるのか」といつも気にしていた。

開花はカウンセリング用でありながら実験用だった為、全身に花が咲き乱れた異様な姿をしていた。

私たちの開発者がかつて飼っていたペットの死因である病の再現。

S-29の再生能力でいつまで耐えられるのか、花はどうやって咲いているのか。

その実験は開花が死を迎えるまで終わらないと言われていた。


開花は私に会うたびに言った。

「おまえは愛を知らないのだね」と。

私よりも後に生まれたくせに、私よりもずっと年上のような口調で。

当時の私はそれを疎ましく思っていた。


***


ある日、病棟の掃除が終わった夜。

時間が余っていたので待合の掃除をしようと入った薄暗い待合室に少女を見つけた。

スケッチブックを握りしめた茶色い色の髪のサピエンスの少女。年の頃は9歳か10歳ぐらいだろうか?

あまり手入れされていない髪とは真逆に、小綺麗な白いシャツと吊りスカートを身に着けている。

手にはスケッチブックと色鉛筆を持って待合の椅子に座っている。


時刻は19時半。外来は時間外。救急の窓口はここではない。

おかしいと思い、話しかけてみることにした。

「……ここで何をしているんだ?」

反応はない。

少女は一心不乱にスケッチブックに黒い色鉛筆を塗りたくっている。

「……何を描いているんだ?」

もう一度話しかける。反応はない。

興味が出てきて、後ろから何を描いているのかと覗いてみた。


少女のスケッチブックには何も描かれていなかった。


ただ赤黒く塗りたくられた色の上から黒い色鉛筆で色を重ねているだけ。

規則性も何かの柄もない。ただ塗りたくっているだけ。

それは血のようにも内臓のようにも見えた。


「……何の用?」

私が呆気に取られていると、ようやく少女からの返答が聞こえてきた。

警戒の色を帯びた刺々しい一言に、少し怯む。

「……ああ、外来は時間外だぞ。具合が悪いのなら明日来るか、救急の窓口に……」

「いいの。お父さんとお母さん待ってるだけだから」

「お父さんとお母さん?」

想定外の答えに驚きつつ、少女の横に腰を下ろす。

「あそこの個室、見える?」

少しだけ警戒心を解いてくれたのか、少女は明かりの漏れている小児病棟の部屋を指さした。

「お父さんとお母さん、毎日夜はあそこにいる。私は待ってる。それだけ。」

「君の兄弟が入院しているのか?ならば君も……」

「ダメ。ダメと言われるから。」

「なにゆえ?」

「私はミノリと違って汚いから。」


「……君は穢れてなどいない。」

「保証は?」


私は答えられなかった。

答える代わりに、次の日も、また次の日も彼女の元へと訪れることにした。

彼女も私を黙って受け入れてくれた。

私の醜い化け物の身体を見ても、里稲は何も言わなかった。

その時は、実の子を汚いなどと言う親がいるとは信じられなかった。

***

私は毎日彼女のもとに訪れ、彼女のスケッチブックを見ながら話した。

里稲は親の愛を実乃里に独り占めされているような、漠然とした気持ちを抱えた子供だった。

言い表せない感情を吐き出しているというそのスケッチブックには、赤や黒だけではない様々な色が塗られていた。

新しい色鉛筆を買ってもらえてうれしいと感じている時のピンクと水色。

テストで95点を取ったのに褒めてもらえなかった時の緑色と茶色。

描き終わるたびに里稲は色鉛筆の入ったペンポーチの中のカッターナイフで絵をスケッチブックから切り取り、私にくれた。

それを私は自分の持っているファイルに入れ、夜寝る前にいつも眺めた。


里稲の感情を忘れないように。

私の知ったそれを忘れないように。


私は喜びを知った。

私は寂しさを知った。

私は共感することを知った。

私は感情というものを知った。


S-29が持ってはいけない、持つことを許されない感情を知った。

自分のものではないのに、まるで自分のもののように少女……里稲の気持ちが分かった。


「里稲?」

「ユキ。今日は遅かったね」

同時に、名前を呼ばれる喜びを知り、誰かと話す楽しさを知った。


私は人と生きる楽しさを知った。

夜、施設の部屋に戻る時に開花とすれ違うたびに彼女は私にこう言った。

「おまえは愛を知り愛に生きるようになるだろうね」


***


ある日、私は小児科病棟の担当医に呼ばれた。

呼ばれるのは初めてだった。

私を必要としている大人がいるのだと初めて知った。


「ユキ……いや、S-29-85」

「先生、私を呼んだ理由はなんでしょうか」

お医者の先生は神妙な面持ちで指を遊ばせている。

「……その……だな」

「言いにくい事なのですか」


息を呑み、先生は私をまっすぐに見つめてこう言った。


「ああ言いにくいさ、僕はキミたちみんなを人間として見ているからな」


当時は変な人間だと思っていた。

……後にも先にも、S-29を人間として見ている、と言ったのはこの人……お医者の先生、と呼ばれていた人だけだった。


それでも、私に許された回答は脳味噌に他の姉妹から刻まれた回答だけ。

「私はS-29です、なんでも覚悟しています」

「……そう言うと思ったよ。他の子もそう言うだろうね。だがな、ユキ。

君以外の子は皆……担当の子供がいる。担当以外に臓器移植をすると色々問題が起きるんだ。

これは君にしか頼めない、しかも心や体がとっても痛くなるかもしれないことなんだよ。」

心配そうに、先生は私の手を握る。

「私は大丈夫です。私はなんでも受け入れます」

私は私に刻まれた通り、言われた通り、これが正しいと教えられた通りの回答をした。


お医者の先生は神妙な面持ちで私を見つめた。

「わかった…………とりあえず、一度話してみよう。"あの人達"が受け入れてくれるとも限らない」

彼は私の手を引いて、部屋に連れて行った。
夜でも明かりの漏れている、夜遅くまで明かりのついているあの部屋。

そう、里稲の妹の部屋に。

***

部屋に入った瞬間に女の声が聞こえたことは、今でも覚えている。

「ぎゃぁ、化け物ッ」

甲高い悲鳴。大人の女性。恐らく30代ほどだろうか。

続いて、男性の声も聞こえた。

「こんな化け物の内臓をうちの実乃里に入れろというのか!」


カタン。

陶器でできた何かが持ちあげられる音。

刹那、私の横にいたお医者の先生はびしょぬれになり、頭から血を流していた。

「先生、血が」

「ユキ、大丈夫だから部屋の外に出なさい。できるだけ大人しくいい子でいてくれればそれでいいから。」

私にだけ聞こえるような小声でお医者の先生は呟き、血を白衣で拭って目の前の人に向き直ったようだった。


私は前を見ることができず、ただ目を瞑っていた。

聞き取れない罵声と口論、その中の2つの言葉だけがはっきりと聞き取れた。

「あと1週間で手術しないと」という先生の声。

「人間の臓器が用意できないなら、里稲の臓器でいいからそれを移植して」という女の声。


私は恐怖を知った。

私は怒りを知った。

私は悲しみを知った。

私は祈ることの意味を知った。


私は祈った。

どうか先生を助けてください。

どうか里稲を傷つけないでください、

どうかみんな傷つかずに幸せな道を歩ませてください。

私はどうなってもいいから、皆を助けてください。

そう祈り続けた。


その時だった。

「…………ここにいたのか。85号。」

狼の耳を生やし、漆黒の髪を持つ女性が私の前に立っていた。


***


女性は自分の住んでいるという研究室に私を連れていき、泣きじゃくる私の話を聞いてくれた。

相槌を打ち、時折笑いとばしながら。

「大体はわかっているよ。あんなに大声で暴れてりゃ全部丸聞こえに決まっているであろう。」

「……どうすればいいのか、何もわからなかった……」

「そうだな、お前生まれたばかりみたいな顔してるもんな。」

「事実生まれたばかりだ……」


「……しかし驚いたぞ。こんなに感情豊かで感受性が強い妹がいるんだな。……まぁ姉上のクローンだから当たり前か。」

「……妹…………?」

会話中、突然女性の口から飛び出した、「妹」という単語。その単語に驚いて改めて女性を見る。

漆黒の長い髪。黄色人種の顔なのに、異様に白い肌。
青く輝く透きとおった目。

狼の耳の生えた人間の姿をしていることと、彼女と記憶や感情の共有ができないことを除けば、
彼女は間違いなくS-29の特徴を持った女性だった。

困惑している私の感情を見透かしたように、女性は笑う。

「……私の見た目、それから私と意識の共有ができないことに驚いているのだな?新鮮な反応だ」

「ああ……よくわかるな……?意識の共有もしていないのに……」


女性は困惑する私に微笑んだ。

「お前はわかりやすい。お前は昔の私に似ているのだ。……姉上に自由を貰う前の、姉上に頼りっぱなしだった私にな。

……だから私はお前の望みを叶えてやろうと思っている。

一週間以内に人間の臓器が必要なんだったな?

ならば、お前を人間に……してやろう。

そうすればもうあの医者も、あの子供も、皆が幸せになる」


そして手を握り、私の目を見つめた。


「私は13号、ユディだ。信じてくれ。私はお前の味方だ」

一点の曇りもないその目は、海よりも深い青色だった。


***


ユディ姉さんは私の手を引き、部屋の奥にあった巨大な装置の前まで連れてきた。

その装置は上から物を入れ、中で物を回転させて混ぜる……まるで巨大なミキサーのような装置だった。

「後悔しないな?」と何度も聞かれ、そのたびに「後悔しない」と答えていたものの、いざ装置を前にすると少し緊張したことを今も覚えている。


「今からこの装置を起動させる。そうするとモーターが動いて。中のカッターが回る。回りはじめたらお前は中に飛び込め。それだけで終わる。」

「……痛いのか?」

「飛び込めば痛みは一瞬だ。実質痛くはないと言えるな。そしてミンチになったお前に、少量だけある液体を混ぜる。

大丈夫、私達S-29はミンチになっても1時間経てば元の形に再生する能力があるからな。

その再生時に液体が作用して、お前に眠る遺伝子を活性化させる。するとお前は人間の姿になるというわけだ。」

ユディ姉さんは装置を愛おしげに撫でた。


「……少し、心の準備をしてもいいか」

「いい。だが、お前に残された時間は一週間だ。1日前に来たよくわからないやつがドナーになるなんて難しいだろう?なるべく早く人間の姿になるべきだ。」

「…………姉さんの言うとおりだな」


深呼吸を繰り返した。

つい二時間ほど前まで化け物と呼ばれていた身体が、今から人間になる。

嬉しくもあり、緊張もする心は揺れていたが、覚悟を決めて装置の上に立った。

やがて、モーターの駆動音が聞こえ、カッターが回るのが霞む目に映った。


私は目を閉じ、巨大な装置の中に身を投じた。


***


どれくらいの時間が経ったのだろうか。

止まったカッター、周りに残る赤い液体。そしてガラス越しに見えるユディ姉さんの姿。

「……成功、したのか?私は……今どうなっている?姉さん……?」

「……あれ、ん、起きたのか?他の子よりもだいぶ早いのだがな……ちょっと待っているがいい」

目を覚ました私に気づいた姉さんは鏡を持ってきて、ミキサーのガラス越しに鏡を向けてくれた。


鏡の中には、赤い液体にまみれた全裸の少女がいた。


灰色の髪に、一房だけ白いところがある。

目は空のように青く、顔立ちはユディ姉さんに似ている。

私が鏡に手を振ると、少女も手を振る。

普通の人間と違うところがあるとすれば、背中に生えた白い翼ぐらいのものだった。

私はS-29として死に、人間して生まれ変わった。


***


人間になった私の姿を見た人は皆驚いた。

「S-29の遺伝子は不安定とはいえ、まさか天使みたいな姿になるとは思わなかったよ」と、ユディ姉さんは言った。

「……雪が人間として生まれていたら有翼人の女の子だったんだねえ」と開花は言った。

「その姿を見て化け物なんて言う人はいないだろうね」と笑いながらお医者の先生は言った。

得たものは沢山あった。

人間の姿、それも獣人、人獣、サピエンスのうち今最もカーストの高い獣人の分類、その中でも最も美しいと言われる有翼人の姿。

誰も私を化け物とは呼ばなくなった。

顔を隠さずとも、人と話せるようになった。


失ったものもあった。

意識共有はできなくなり、他の姉妹の考え方はわからなくなった。

ユディ姉さんが意識共有をできなかったのは私は違う方法であれど、S-29から人間になったことが理由だった。

私は里稲の妹……実乃里への移植が終わり次第この病院をやめることになった。

ユディ姉さんの仕事を手伝うしか道はない、そう言われた。

里稲は私を私だと認識できなくなった。

それどころか1週間のうちに徐々に攻撃性が増し、癇癪を起こして暴れているのを見ることもあった。


私は誰かが里稲の傍にいてくれるように、と祈った。

祈って、祈って、祈り続けて、手術の説明をする日……手術の前日が来た。


「その姿ならもう嫌がられないだろうね……どう見ても君は綺麗な天使だから」

先生は私の手を引き、まだガーゼの外れぬ額をさすりながら私に微笑んだ。

私が先生にぎこちなく微笑み返すと、先生は「大丈夫。先生が見ても可愛いよ、ユキ」と言ってくれた。


そうして部屋の前につき、部屋のドアを先生が叩く。

返事がない。

だが中から物音がする。

何かがおかしい。


先生がドアを静かに開けた。


可愛らしい装飾に似合わず、部屋の中は悲惨だった。

首から血を流し死んでいる男。

目から血を流し、怯えながら壁に張り付いている女。

ベッドの上で布団をかぶり、殺人鬼から隠れている幼い女児。


そしてカッターナイフを女に向けて迫る、この惨状を作った殺人鬼……


「里稲!」

私は里稲に呼びかけた。

返事はなかった。

しかし女を襲おうとする動きは確かに止まった。

その隙を狙って先生は里稲を取り押さえ、手に持っていたカッターナイフを窓からベランダに投げた。


その刹那、里稲は一言だけ叫んだ。

「お父さんもお母さんも奪って、私のユキまで奪わないで」


***


その後、里稲は少年院に送られた。

そこでも問題を起こし、入ってから4年目に自分をいじめた相手を鉛筆で刺殺しかけた。

手に負えなくなった行政は、私や私の姉妹を生み出した団体に里稲を引き渡し、記憶処理をして実験体として扱うようにと指示した。


きっと、里稲がサピエンスでなければ他の対応もあったのだろう。

里稲は記憶処理をされ、J型の試験体として生まれ変わった。

名前も、記憶も、人格も全てが変わってしまった。


今の里稲は里稲ではない。そこにいるのは颯。

颯は面倒見がよく、勇敢で、何も恐れない狼。

颯は仲間想いで、悪人を決して許さない正義感にあふれた狼。

里稲の妹……実乃里もJ型になったが、里稲はもう妹のことを認識できない。

今は「砌」と呼ばれている実乃里の方は里稲を覚えているそうだ。
だが、ろくに交流があったわけでもない実乃里は里稲を「意地悪でバカな姉」だとしか覚えていないらしい。

私が話したことのある、フウというJ型がそう教えてくれた。


そして里稲が事件を起こしてから6年後の春、桜が咲くころ。
開花が死んだ。

実験の結果ではなく、重大な機密情報流出で殺処分となった。
本来、それは開花の友人であるフウの殺処分で解決することだったが、
開花がフウを庇ったことで開花の処分が決定されたから。

開花は、一番大事な友達を守る為に殺処分の道を選んだ。

愛する友達を守る為に。

我が身可愛さと自己満足の為に里稲を犠牲にした私とは違い、開花は立派だった。


私はあの日から「雪」と名乗れなくなった。

ただ花の咲く山の中に残った、もう数日すれば溶けだす雪。

私は綺麗な雪ではなく、そのような残雪にすぎない。

故に今の私の名は残雪。ただの残雪にすぎない。


開花が死んだ日、私は神に祈った。

神よ、私が人間になっても何の意味もなかった。

私が人間になったところで救えた人は誰一人いない。

皆、私が人間になったから不幸になったのだ。

神よ、こんなことなら私を化け物に戻して、皆の為の食肉にしてください。


___祈り続けていた時、声が聞こえた。

「だって、元から人間なんだから何も変わるわけがないだろう?」

「私はお前を人間にしたんじゃない」


「人間……本当の姿に戻したのだから」

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